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給与・貯金・お金の不安は、まず、知ることで和らげよう

 「給与額が少なく、貯蓄にまわせるお金が無い」、「人並みにお金を使いたい」と、多くの人が言う。貯蓄は、いつまでに何円あれば良いのだろうか。お金を使うとは、具体的にはどれくらいの頻度で、何に何円支払うことだろうか。そんな風に冷静に考えられている人は、既に行動を始めているようなものだ。何も考えられていなかった人は、今日が目覚めの第一歩になる。

 

よくある話

 学生時代からの貯蓄を取り崩してはいないが、増えてもいない、という友人から、投資信託の相談を受けた。給与、ボーナス、副収入を合わせた年収と、生活費と健康や楽しみのために使っているお金を合わせた年間の支出を簡単に集計して、このまま貯蓄を定期預金にしておく場合と、貯蓄を運用していく場合の5年後、10年後、15年後を簡単に試算する。

 

 実は私にも、お金を運用することについて、未だに強い苦手意識がある。苦手意識を持ち続けているままでは辛いから、勉強した。それでも、実際には大したことをやっていないから、苦手意識がある。

 リターンのことを思い描いても、リスクのことをもっと沢山思い描いて、自分が「他の人がやっていないこと」を始めないように一生懸命ブレーキを踏んでいる。

 

 ロバート・キヨサキ「金持ち父さん貧乏父さん」を再読した。以前より心に響くことが多くあった。

 私は今、サラリーパーソンのまま、投資信託を積み立てる人生を生きているが、この人生は続かない。私は積極的に投資を学び、起業し、早期に仕事を終えるだろう。その後に仕事をする時は、それを趣味としてする時だ。

 

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貯蓄の話は、不安の話

 貯蓄の話題になると、自分の未来がいかに暗いかを話してくれる人が多い。「身近な人に、このようなことが起こり、これくらいのお金が必要になったらしい(自分にもそういうことを発生するに違いない)」とか、「もしこういう病気になったら、これくらいのお金がかかる(かかるに違いない)」といった具合だ。彼らにはまるで、自分の意志に反して出費をさせられてしまう未来がはっきりと見えているかのようだ。それも、起こりそうなことは全部起こって、人生の全てが失われてしまうことを、ずっと神様から言われ続けているかのように話す。

 たいていは良心的な人たちが、親切心から私たちに、「真面目に貯金しなさい、さもなくば酷いことになりますよ」と忠告してくれる。あなたの胃は痛み、毎日不安で、「今のままでは、自分は駄目だ、あの人の言うとおりに生きなければ救われない」と震えが止まらない。「私の言うとおりに、私が褒めるとおりに生きなければ、あなたは破滅です、命令を聞きなさい」とあなたに囁く声は、天使だろうか、悪魔だろうか?

 とにかく何かに脅迫されている。それが、貯蓄に不安を感じる私たちの心だ。

 

根底にある「誰かにインストールされた価値観」を手放そう

 一度、「誰かが言っていること」を脇に置いてみてほしい。天使の言いなりにも、悪魔の言いなりにもならない、真っ白な自分になって、生まれたての気持ちになってほしい。

 多くの人々の中で、貯蓄の話は、「コントロールできない未来に翻弄される可能性の話」にすり替わる。なぜだろう。

 自分は貯蓄のことを心配すべきだ、貯蓄が心配だ…と感じる人は、「自分は、将来得られるかもしれないものや、将来失うかもしれないものが、毎日毎日、すごく気になっている」という言葉を、声に出して読んでほしい。ちょっと違うな~と思ったら、自分なりの言葉になおしてほしい。

 「貯蓄が心配」という言葉を使って表現してきた感情は、「未来を生きる自分が、弱く、頼りなく、たった一人では生きられない、何かの後ろ盾が無ければアテにすることもできない奴かもしれないこと」という、「自分が弱いかもしれないこと」と深く関係している。

 今は、真っ白な自分であることを思い出してほしい。真っ白な自分は、こう考える。「自分は弱く、頼りなく、一人では生きられず、後ろ盾が無ければアテにならないと、どうして、いつから考えているんだっけ…?」

 

 何故、あなたに見破られることもなく、慎重に、徹底的に、「あなたは弱い」という信仰が、あなたの中にインストールされたのだろう。それはいつから始まったのだろう。今も続いているのだろうか。

  • 「人を頼りたい、私は弱いから、人を頼っても仕方ない、誰がなんと言っても人を頼るのが素晴らしい、ずっと頼り続ける、自分は弱いんだ」と、自分の中で自分がメッセージを発信して受け取っていた?
  • 「お前は子供だ。駄々をこねるのはやめろ。大人が正しい判断をしてやっているんだ。言うことを聞け」というメッセージを受け取った?
  • 「お前が強いのは困る。まるでこっちが間違っているみたいに感じる、不安だ。お前は私よりもっと弱く、不安で、私を頼らなければだめだ。私が正しい、私が強い、私には生きる価値があると感じさせてほしい」というメッセージを受け取った?
  • 「あなたたちは皆、素人でしょう。素人はだめですよ。私はプロフェッショナル。プロフェッショナルにしか正しい選択は出来ないのです」というメッセージを受け取った?
  • 「貯蓄が1000万円無い人は、とても危ない状態です。今にも死んでしまいそうな無知なあなた。今すぐ私にお電話ください…」

 脳内に根付いてしまった価値観、根付いてしまった経緯は人それぞれだと思うが、本当に一度、真っ白になって自分の脳内の不安の根っこを探り出すことには、必ず意味がある。自分の体内で知らず知らずのうちに生きていた生命の中にも、ミトコンドリアのように、これからもずっと一緒に生きていくものと、寄生虫のように、すぐに追い出したほうが良いものとがある。

「人生は手帳で変わる」は、手帳を活用して自分の価値観を実現しようとする本だが、序盤の内容は自分の価値観を棚卸するための作業となっている。

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もっと時間をかけて本格的に自分の価値観を調整する必要があると感じるなら、長い道のりだが、アーティスト・ウェイを歩きはじめてみよう。実績折り紙付きの世界的ベストセラー「ずっとやりたかったことを、やりなさい」は、精神的に準備ができていない人にとっては「つまらない」かもしれないが、著者は、否定的反応を見せる人ほど実際には効果があらわれやすく、人は失敗することよりも強く成功することを恐れていると感じたという。私もそのとおりだと思う。ばかばかしい!と思う時に、何度も「きっとこれは強い好転作用だ」と信じて、繰り返し、できる範囲で実践することで価値観をリモデルできる。心の道は山をぐるぐるとまわりながら頂上を目指す、螺旋の道だから、同じような景色を何度も目にして、何度も自分は成長していないと感じるが、確実に成長しているという著者のメッセージを心の支えにしてほしい。

文庫版も発売されているが、出版社によってところどころが太字にされている。どこが心に響くのか、人によって、読む日によって異なるのだから、私は文庫版をおすすめしない。また、マーカーもおすすめしない。本には何の色もつけずに、何度もワークをノートに書いて、自分の変化を楽しんでほしい。

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支出する自分を常に責め立てているものの正体を知る

 さて、今度は支出の話だ。支出の話になると、怒り出す人もいる。「私は悪くない」と突然、過剰に反応するのだ。または、自分の趣味や教育へのこだわり、自分のストレスとその発散方法がいかに自分を助けているかについて話して聞かせてくれる人も多い。

「仕事で疲れているから、いつでも好きな時に趣味に没頭できることが、自分には本当に大切なんだ。今日は本当に疲れたっていう日にサッとやれることが大切だから、会員制の月会費は安いよ」

「いつでも冷凍庫いっぱいにアイスを入れておきたいけど、そうもいかないから、欲しいアイスがあった時だけいくつか買っておくんだ。本当に疲れたって時には2個食べて、ああ、家にアイスがあって良かった、って思うんだ」

「子供の肌には自然で優しい素材だけを触れさせたいと考えているし、誰が何を言おうとこれだけは譲れない。しっかりとした業者から買ったこのタオルを毎年決まった枚数購入してる。野菜は農薬が使われていないか心配だから、無農薬の野菜しか取り扱っていないお店を利用して、必ず産地を確認してる」

 

 真っ白なあなたは考える。

「どうして言い訳をする必要があるんだっけ…?」

 多くの人が、支出に罪悪感を感じている。そうでもない人でも、「支出に罪悪感を感じるべきだと、あなたもどうせ、思っているんでしょう」という色眼鏡で相手を見ている。支出を咎められることは日常茶飯事で、誰もが慣れているらしい。

「支出なんてしてはだめですよ。支出は悪ですよ」と、街中で説教が行われているだろうか。いや、「この素晴らしい商品をあなたも手に入れたほうがいい」という広告だらけだ。

親が子供に「支出してはならない」と口をすっぱくして言っているのだろうか。「節約して、貯蓄して、家を買えるようになれ」と言う親がいたら、家を買う支出だけは何故許されるのだろうか。

 

 何を贅沢だと感じるかは、人それぞれだ。「月会費なんて安い」、「アイスなんて安い」、「こだわる労力は苦じゃない」と本人が言うなら、本人の感覚的には実際にそうなのだろう。支払った時間やお金よりも、得られる喜びの価値が高いと感じていたりして、「自分にとってはありがたい取引だ」と思っている。

 旅行にも行きたい、家も買いたい、外食もしたい、高価な衣服が欲しい、と「すべてが欲しい」なら、「どれかに使って、どれに使わないか決めたほうが良い」というアドバイスを受けるだろう。

 しかし、「この支出は善良で、この支出は悪質だ」という価値観が、知らない間にインストールされ、あなたを責めているかもしれない。

「本当は、こんなことに浪費していないで、貯金をすべきなんだろうけど…」というなら、「”こんなこと”は悪」、「”貯金”は善」だと何故思うか、考えよう。

「こんなに服にお金を払っているのが良く無いのかもしれないけど、でも…」というなら、「”こんな量・額の服”は悪」、「”こんな量・額ではない服”は善」だと何故思うか、考えよう。

 これからも一緒に生きるミトコンドリアのように大切な価値観の声なのか、すぐに殺してしまいたい寄生虫のような価値観の声なのか、あなたが聞き分けることが大切だ。

 

価値観たちによる、心の中の戦争

 「充分に貯蓄できていない!」と不安な心、「自分なりの贅沢をしたい!」という現在の心、「この仕事の給料は安い!」と他人に要求する心、「自分はだらしない浪費家だ!」と自分を罰する心、心たちは脳内で絶えず戦争をしている。戦争は、脳のリソースを消費し、脳を焦土に変えていく。

 大切な価値観と、寄生虫のような価値観は、見分けることが難しいこともある。そういうときは、2つを比べて優劣をつけていくと良い。1対1で、落ち着いてきちんと戦いを行わせれば、自分がどちらのほうが好きか、わかりやすくなる。

  • 「高級なレストランに誘ってくれる友達と一緒に遊びに出かけるのは、楽しい。友達が紹介してくれたレストランで一緒に楽しくおいしい食事を楽しむ時間も、楽しい。自分だけ貧しいような気持にはなりたくない。でも、もっと自分の好きなお店にも行きたいし、あっちの好きなお酒を割り勘でボトルで注文するのは割に合わないと思うこともある。そういえば、月に1回必ず参加しているが、そんなに行く必要はないかもしれない。誘われても全部行くのではなくて、半分にしよう。代わりに、自分が行きたいと思った店に、友達が嫌だと言っても、ひとりで行こう。そういう店は、大抵、あちらが誘ってくる店ほど高級ではない」
  • 「映画をたくさん劇場で観たい。でも、これまでより支出を抑えたい。毎週劇場に行くのはやめて、レンタルやインターネットも組み合わせて観る量を増やすかわりに支出を減らそう」
  • 「リゾートで過ごす夏は私の最高の喜びだ。でも、新しい服を買うためのお金がもっと欲しい。高級なホテルに泊まるのはやめられないが、ハイシーズンを避けて、宿泊日も減らそう。服を買うために節約したお金は、有効活用できるように、年に4回のバーゲンで買おう」

 支出が自分の贅沢ですらなく、友人に合わせて支出額を上げてしまっている人は、友人のストレスと、友人のストレス発散のサイクルの規模に、何故か乗っかってしまっていることに気付いて、せめて「自分では最高の支出だと思っている」というところまで、理性の力で何とかしてほしいと思う。

 

貯蓄は、先に価値観を整理してから始める

 時間と多少の苦痛を支払って、人は給料を手に入れる。

 時間とその給料を支払って、人は喜びを買い求める。

 このサイクルを繰り返す間に、あなたの「人生の時間」は消費されていく。そして死に近づいていく。

 

 そのまま死に近づいていき、本当に死を迎える人生を、私は個人的には美しいと思う。それは悪ではないし、そう生きる人を責める権利が誰にあるだろう。毎日を新たに生まれなおし、毎日を労働に費やし、毎日を消費に費やし、未来へつながっていくことを、恥じる必要は絶対にない。

 お金や貯蓄のことを考えていて苦しくなる人は、まず、自分の生き様が恥じるようではないことを繰り返し思い出してほしい。

 誇りを持って、生きて、死にたいと誰もが思っている。そしてそのためには、給与や貯蓄の話題に入る前に、「どのような状態になればOKなのか?」を定義する必要がある。

 

 将来の不安については、私は他人のポリシーを何とも言えない。将来必要になるかもしれない医療費に自分の貯蓄で備えたい人もいれば、いざとなったら家族が助けてくれる人もいる。将来の何のために、いつまでに何円なければならないと考えるかは、人それぞれだ。

 

 ただし、自分の中に「このような状態になればOK」という基準が無いなら、まずそれを作り上げることに挑んでほしい。「北に行くといいらしいぞ!」という謎の声(まだ、大切な価値観か、寄生虫かわからない声)に攻め立てられて、北へ北へ急いだあなたの、本当のゴールが南でないことを願う。